池田信夫 blog : デフレの原因は名目賃金の低下である - ライブドアブログ

デフレの原因は新興国の世界市場への登場によって工業製品の低価格化が進んでいることだという野口悠紀雄氏の説明に対して、高橋洋一氏は「OECD諸国で中国からの輸入の対GDP比率はどの国でも上昇しているが、デフレになっているのは日本だけ」だから原因は金融政策だというが、これも間違いである。日本だけがデフレになっている原因は、この名目賃金低下なのだ。2倍の賃金格差は、この15年で30%程度の日米インフレ率の違いを説明するには十分である。

ほとんどの人は理解していないが、デフレで不況が悪化するのは名目賃金の下方硬直性があるときに限られる。デフレによって実質的な賃上げが行なわれ、企業収益が悪化するからだ。したがって名目賃金が下がっている日本では、実質賃金も労働生産性の低下に従って下がるので、企業収益が圧迫されることはない。したがって著者もいうように日本のデフレは貨幣的現象ではなく、金融政策で是正することはできない。デフレは不況の原因ではなく結果である。

賃金が下がっているのは、著者も指摘するように中国との単位労働コスト(賃金/労働生産性)の差が縮まっているためで、これ自体は避けられない。むしろ不思議なのは、欧米では下方硬直性が強いのに、日本で名目賃金が下がるのはなぜかということだ。その一つの原因は非正社員の増加によって時給ベースの(労働生産性に見合う)賃金が増えたことだが、もう一つは中高年社員の賃金抑制だ。しかし彼らはなぜ賃下げを受け入れるのだろうか?

その原因は雇用を守るためだ、というのが本書の説明である。産業別に組織された欧米の労働者とは違って、日本の労働者は企業という「一家」のメンバーだから、収益が悪化すると自分も応分の負担をしようと考える。その結果、企業収益と賃金の比率が一定に保たれ、賃金が業績に応じてアップダウンする一方、雇用は一定に保たれてきた。

要するに従業員共同体を守るために、労使一体(サラリーマン経営者も労働者)で賃金を中国に近づけているのだ。これはアメリカで製造業の労働者がレイオフされて(低賃金の)サービス業に再就職したのと本質的には同じ労働コスト調整だが、日本のほうが既存の労働者の犠牲は少ない代わり、若者の半分以上は非正社員になるという世代間格差が拡大する。

 

 

 

デフレが不況の「原因」になるのは、名目賃金の下方硬直性がある場合。
日本は名目賃金が下がっているので、デフレは不況の原因とは言えず、不況のせいで生じた悪影響と判断すべき、という話。

コラム:円安誘う安倍発言の賞味期限と落とし穴=佐々木融氏 | 外国為替 | 外国為替フォーラム | Reuters

安倍氏自身が本気で為替相場を円安に誘導するために日銀にプレッシャーをかけているのかどうかは定かではないが、同氏が主張するような金融政策をたとえ日銀に行わせることができても、少なくとも為替相場が中期的に円安方向に動くことはないだろう。

実際に物価上昇率が2%まで上昇したら為替相場は円安になるだろうが、1%を目途にしていても日本の10年国債金利は0.7%台である。つまり、市場は金融政策でデフレが解消できるとは全く信じていない。こうした状況で「2%を目標にする」と言っても、影響がない状況に変わりはないだろう。

率直に言って、日本がデフレを脱却するために必要なのは、金融緩和によって金融システムに溢れている資金を実体経済に流す、財政政策、構造改革、規制緩和、税制改革といった政府の施策である。こうした施策を政府が本腰を入れて行わないのであれば、いくら日銀が金融システムに資金を供給してもインフレにはならないだろう。

ちなみに、日銀今でも無制限の緩和を行っているようなものである。日銀は2011年以降の約2年間でバランスシートの規模を対国内総生産(GDP)比27%から33%まで6%ポイント拡大した。一方、米連邦準備理事会(FRB)は17%から19%の2%ポイントの拡大にとどまっている。それでもドル円相場は11年初めとほぼ同レベルで推移しており、円安にはなっていない。

現在発表されている双方の金融政策をもとに13年末の状況を推計すると、日銀のバランスシートは対GDP比40%前後まで膨らむ一方、無制限にモーゲージ担保証券(MBS)を購入するとしているFRBのバランスシートは20%強程度にしかならず、日銀のバランスシートの規模はFRBの倍近くなることが予想されている。

すでに日銀のバランスシートはFRB以上に汚いものになっている。

それでも、消費税率を 「今」上げることに反対する理由|山崎元のマルチスコープ|ダイヤモンド・オンライン

国の財政赤字だが、もともと、これは、全てを返しきってゼロにしなければならないというものではない。一定の残高の国債が存在することは、金融市場にとってむしろ必要なことだ。残高が管理できない大きさ・速さで拡大したり、高すぎるインフレ率などの弊害が出たりしない限り、財政赤字の残高が存在すること自体は問題ではない。

では、弊害とは何だろうか。

1つには、国債の消化が困難になって長期金利が上がることだろう。

次に、国の債務が供給過剰なのであるから、国の債務の価値が下がり、これに裏付けられている通貨の価値が下がる。つまり、インフレであり、物価上昇率が高くなりすぎることだ。

さらに、日本国の債務の価値が下がるということは、円安になる弊害もあるだろう。多くの日本人が持つ購買力が低下する。

しかし、第一の弊害を見ると、現在、長期金利(10年国債利回り)は0.9%を割り込んでおり、少なくとも絶対的水準としては高くない。ただし、消費者物価上昇率(3月は前年比+0.2%)に較べると、プラスの実質金利だ。日銀は1%の物価上昇目標に対する達成時期さえ言及を避けているが、実質マイナス金利の状況をつくるためには、インフレ率をもっと上げることが急務だろう。

(中略)

大きな問題は、インフレ率だが、これは、意見の強弱に差はあっても「低すぎて困っている」というのが共通認識のはずだ。日銀でさえ、「1%が目標」と言う。

加えて、為替レートも、こちらは国民個々の立場で損得が分かれる問題だが、景気や雇用を考えると、もう少し円安の方がいいというのが多数意見ではないだろうか。「困るほどの円高ではない」という人がいるかも知れないが、「我が国は円安で困っている」と唱える人には、少なくとも近年は会ったことがない。

国の累積財政赤字の最適な残高がいくらなのか、最適でないまでも弊害の小さい範囲が上限・下限共にどのレベルなのかはわからない。しかし、金利・物価・為替レートから見る限り、現在、財政再建の必要性が切迫している、つまり累積財政赤字が過大だと言える証拠はない。

確かに、日本の財政赤字残高の対GDP比は大きいが、民間貯蓄の大きさ、社債など他の負債市場の未発達、などを考えると、日本の場合、政府債務に対するポートフォリオ的な需要は他の国よりもかなり大きいのかも知れない。

一部の財政の専門家も含めて、金融市場に疎いと思われる増税論者は、「日本の長期金利がいきなり大幅に上昇したら大変だ」と言うが、デフレないしデフレすれすれの物価で長期金利が大幅に(3%? 4%? 5%?……)上昇したら、この魅力的な運用対象には内外の運用資金が殺到するだろう。つまり、デフレのまま長期金利が大幅かつ継続的に上昇することは考えにくい。


デフレ対策と消費税増税は矛盾している。
であるなら、緊急性の高いデフレ対策(景気対策)に優先順位を置くべき。

金融そして時々山: 投資家に逃げ場なし

国債についていうとエコノミスト誌は英国国債の例をとり、現在の2.5%という利回り水準は1946年と同じレベルで、その時長期国債を買った人はその後28年間に実質価値ベースで国債価値の4分の3を失った(インフレと金利上昇が進行した)と述べる。また金については前回のピークは1980年だったが、その後20年間で価値は3分の2下落した。

株式については自明のことだが、重要なことはスタート時の配当利回りと配当の成長率だ。米国株を例に取ると配当利回りは1%で、配当の成長率については1.4%合わせて3.5%程度ではないか?という実証的研究をエコノミスト誌は紹介していた。

資産運用の利回り目標は、長期金利を目安にすること。
それが史上最低レベルで推移している以上、世界全体が「現金最強」時代に入ったのかもしれない。

◆ IT化時代の経済政策:  nando ブログ

このような時期には、
「高い物価上昇率を許容することで、高い成長率が可能になる」
ということが成立する。
では、高い物価上昇率を許容しなければ? その場合には、大量の失業者が発生するだろう。それが現代の先進国社会だ。

──

ちなみに過去の高度成長期(池田内閣の時代)を見よう。この時代には「農業から工業へ」という産業構造の変化があった。日本の労働者の大部分は農業分野(第一次産業)で働いていたのだが、それが工業分野(第二次産業)に移転していった。そのことで、高い成長率が実現した。農業に限って言えば、同程度の生産量を、何分の一の人口で生産することで、生産性は数倍に上昇した。(機械化などをともなうが。)
こうなると、農業で余った労働力を、他の分野で吸収しなくてはならない。それを吸収したのが、第二次産業や第三次産業だ。
このような産業構造の転換は、日本に高い成長をもたらした。ただし、注意。もし高い成長がなかったら、どうだったか? 農業分野で余った大量の労働者は、大量の失業者となったはずだ。その場合には、大量の失業者が出るという形で、日本はひどい不況になっていたはずだ。

これと相似形の事情にあるのが、現代だ。かつては農業分野で大量の余剰労働力が出た。それと同様に、現代ではIT化にともなう激変によって大量の不要労働者が出ている。事情は似ている。
ただし、事情は似ていても、政府の経済政策が異なっている。昔の日本は、高い物価上昇率を許容して、高い成長をなし遂げた。しかし現在の先進国は、高い物価上昇率を共用しない。3%を少しでも超えようものなら、「インフレだ!」と大騒ぎして、物価を引き下げようとする。また、ちょっとでも財政赤字が拡大したら、「財政を健全化せよ」と言って財政を引き締める。……そのせいで、世界的に「低い物価上昇率と低い成長率」というのが基本となった。そして、それにともなって、大量の失業者が放置された。
ただし、例外もある。それは途上国だ。中国ブラジルインド などの途上国では、7%ぐらいの高い物価上昇率を許容することで、高い成長率を維持している。これらの国ではまさしく高度成長がなし遂げられているのだ。

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一般に、高い成長をなすには、高い物価上昇率が必要だ。そのことは、私が理論的に説明した。( ※ 消費の拡大が必要だ、という原理。)
→ 「需要統御理論」 簡単解説

だから、「物価上昇率は低ければ低いほどいい」ということは、成立しない。むしろ、「激変の時期には、高い成長が必要なので、そのためには高い物価上昇率を許容するべきだ」と理解するべきだ。

ここで、二つの言葉を並べてみよう。
インフレ / デフレ
これらは何を意味するか? 物価上昇率の違いだけか? いや、次のようにセットになっているはずだ。
・ インフレ …… 高い物価上昇率 & 好況(高成長)
・ デフレ  …… 低い物価上昇率 & 不況(低成長)
このように、物価上昇率と成長率とは、一体化している。高い成長のためには、高い物価上昇率が必要なのだ。
なのに、やみくもに、「高い物価上昇率はけしからん」という方針で、物価上昇率を抑制してきたのが、近年の経済政策だった。(マネタリズム流。IMF流。経済学の主流派の発想。)
そのような経済政策の結果が、現代のような「低成長と大量の失業者」という状況なのだ。
そして、このような問題が噴出するのは、世界が激変にさらされているときだ。世界が変化の少ない安定した時代であれば、主流派の方針でもボロは出なかっただろう。高い物価上昇率はけしからん」という方針で、物価上昇率を抑制しても、特に歪みは噴出しなかっただろう。しかし、世界が激変にさらされているときには、そうは行かない。かつては農業労働者が余ったし、現代では古い産業の労働者が余っている。そういう労働者を吸収するには、余った労働者を吸収するだけの、新しい産業の伸びが必要だ。そして、そのために必要なのは、イノベーションではない。マクロ的な需要拡大政策だ。それによってのみ、新規の大量の雇用口が保証される。

──

The Economist が示したように、イノベーションとグローバル化の時代には、社会では大量の労働者が余剰となる。それは避けがたいことだ。また、それを止めることはできないし、止めるべきでもない。
これを解決するには、どこかの産業が急に伸びればいいのではない。国全体の産業全体が少しずつ拡大すればいいのだ。つまり、マクロ的な経済政策で、総需要拡大政策を取ればいいのだ。
そのとき、全体が少しずつ拡大するのにともなって、どこかの部分が大きく伸びたり、どこかの部分が少しだけ伸びたりする。しかし、そのような格差は、市場原理に任せて、放置しておくだけで足りる。
国がなすべきことは、全体のパイを大きくすることだ。つまり、高い経済成長を実現することだ。それにともなって、余った労働者は自然に吸収される。ちょうど、高度成長期でそうであったように。また、現代でも中国やブラジルやインドでそうであるように。……そして、高い成長率を実現するための方策は、「高い物価上昇率を許容すること」だ。

 



[ 補足 ]
そこまでわかれば、具体的な経済政策もわかる。
目的は、「総需要拡大」だ。
そして、それを実現するための具体的な方法は、本サイトで何度も述べたとおり。
→ サイト内検索 「中和政策」

 



[ 付記1 ]
池田信夫の発想では、その逆だ。経済の低迷は、日本ではイノベーションがないだ、ということになる。
しかし、それは事実とは違う。実際、池田信夫がイノベーションのある国として示しているアメリカもまた、経済の低迷に悩んでいる。ドルは暴落している。また、日本に限らず、先進諸国はどこも似たような経済低迷に悩んでいる。何十年も。
大局的に言えば、先進諸国が景気低迷に悩むのは、90年代になってからであり、それはちょうど、イノベーションが進みつつあった時期だ。つまり、イノベーションが進んでいく時期と、先進国の経済が低迷した時期は、ほぼ一致している。イノベーションは、経済成長をもたらすどころか、経済の低迷をもたらしているのだ。
そして、その理由が何かは、本項を読めばわかるはずだ。
要するに、イノベーションは、高成長をもたらすのではなく、高成長の基盤をもたらすだけだ。その基盤の上で、実際に高成長が起こるかどうかは、「高い物価上昇率」を許容するかどうかで決まる。
・ 「高い物価上昇率」を許容する → インフレ (高成長)
・ 「高い物価上昇率」を許容しない → デフレ (低成長)

だから、「イノベーションさえあれば高成長が実現する」というのは、あまりにも単純すぎる認識なのだ。イノベーションという基盤の上で、現実に高成長が起こるか否かは、「高い物価上昇率」(インフレ)を許容するかどうかで決まるのだ。
そして、このことを理解しないまま、いつまでもインフレ政策を取らずにいる(逆に財政健全化政策を取る)から、世界各国はいつまでたっても高成長路線には乗れないし、逆に、経済低迷にさいなまれるのだ。特に、イノベーションの時代には。

[ 付記2 ]
ついでに、初心者向けに、基本的な経済原理を解説しておこう。(特に読まなくてもいい。)
「イノベーションがあれば高成長が実現する」
という俗説がある。それは素朴な信念だ。特に、池田信夫みたいな古典派はそういう説を取りたがる。
なるほど、イノベーションがあれば、生産性が向上するので、成長は可能になる。しかし、可能になるということと、実現するということとは、別だ。
成長が実現するには、供給能力が伸びるだけでは駄目だ。供給にともなって需要も伸びる必要がある。では、需要が伸びなければ? 生産性の向上にともなって、供給が増える代わりに、失業者が増える。(生産性が1割上昇すれば、生産量は1割増やせる。しかし需要が変わらなければ、生産量は変わらないので、生産量が1割増えるかわりに、労働者が1割減る。)……というわけで、
「イノベーションがあれば高成長が実現する」
ということは成立せず、
「イノベーションがあれば、失業が発生する」
というふうになる。需要が増えなければ。
だから、イノベーションが実際の生産量拡大に結びつくためには、イノベーションだけでは足りず、「需要の拡大」という政策がともなう必要がある。そして、それは、「高い物価上昇率を許容する」というのと等価だ。
高度成長期の日本や現代の途上国では、高い物価上昇率が許容されたから、高い成長率が可能となった。現代の先進国では、高い物価上昇率が許容されないから、たとえ高い成長率が可能であるとしても、低い成長率と高い失業率が発生した。
結局、「高い経済成長のためには、供給と需要がともに伸びる必要がある」という経済原理を理解する

イノベーションは失業者を生み出すので、彼らをふたたび労働市場に吸収するための新規産業(=新需要)を生み出さなければならない。

需要の拡大=消費の拡大(インフレ)である。

米国の盛衰と需要の経済学 - 経済を良くするって、どうすれば

成長の源泉は、設備投資であり、それは需要に従うものであって、需要は国内では引き出し難いものだから、輸出がカギとなる。実際、大停滞の米国でも、ドル安の追い風を受けて、輸出型製造業は元気である。コーエン自身も、「成長する国は、皆、輸出を伸ばしている」と、いいところまでは行っているのだかね。

成長には、高投資=高貯蓄が必要だが、それには輸出というスターターが欠かせない。輸出増→ 所得増→ 消費増→ 内需向け設備投資増、という循環で、低投資から高投資の経済に移り変わるのである。戦後からオイルショックまでの米国の繁栄は、戦争で高投資=高貯蓄経済になっていたところへ、マーシャルプランで輸出を確保したことがある。むろん、欧州や日本も、増大した米国の消費で輸出機会を得て、高成長を遂げることができた。

オイルショック以降に高成長が途切れてしまうのは、大雑把に言えば、米国が「輸入力」を失ったからである。米国の消費という世界経済のスターターが働かなくなったのだ。それでも、レーガノミックスやリーマンショックまでのバブルのように、無理に消費を伸ばしたときには、日本や新興国が成長し、世界経済も、そして、回りまわって米国経済も、恩恵を受けたということなのである。

コーエンは、日本を大停滞の「先行国」としているが、輸出というスターターが働いても、緊縮財政によって内需の波及を断ち切ってしまう悪例にしか過ぎない。今の欧州がしていることは、それに近いとも言える。今後、米国が取るべき道は、ドル安で輸出を増やしつつ、バブルの傷が言えるのを待つという辛抱強さが必要だろう。

それに我慢しきれず、小さな政府の緊縮財政に走ってしまうと、日米欧が共通して同じ過ちを犯すことになる。人類は、経済よりも財政を大事にし、「財政を均衡させれば、経済も上手く行くはず」というドグマを脱し切れずにいる。世界最大の債権国で、経常収支の黒字国でもあり、デフレとゼロ金利にある日本が緊縮財政に熱心なのだから、その意味で、ドクマの先行国であることは間違いない。

経済を成長させるには、需要を喚起せねばならず、それは設備投資。

設備投資を殺すような政策をとってはならない。

なぜ増税や緊縮を欲するのか - 経済を良くするって、どうすれば

教科書的な経済学では、増税や緊縮をしても、金利が低下し、設備投資などが増え、需要が補われることで、経済は縮小しないことになっている。その意味で、財政当局の主張も「変」ではないのだ。むろん、現実には、既に超低金利になっているのだから、金利低下で需要が補われるのは幻想に過ぎない。

また、実際の経済では、金利低下は、直接に設備投資を刺激するのではなく、住宅投資や通貨安による輸出を促進して、その需要が設備投資を呼ぶという経路をたどる。これも、今の日本で期待できないのは言うまでもなかろう。日本の財政当局の経済への理解は、所詮、教科書で得た机上の空論に過ぎない。

おもしろいのは、教科書的な経済理解、これは「新古典派経済学」と言うのだが、その本家である米国では、変なこだわりは持たず、プラグマティックに財政出動を行っている。現在の米国の経済政策をリードするのは、いわゆる「ニューケインジアン」という人達だ。リーマンショック以降、主役が交代したのだが、日本のような学問の底の浅い国に、むしろ、原理主義が残っている。

もう一つ、財政当局が財政再建に熱心な理由として考えられるのは、大幅な赤字財政にあるのだから、いくら赤字を減らしても問題がないという単純な発想かもしれない。教科書的には、大幅な赤字財政にあれば、経済はインフレ気味であり、その場合、経済を気にすることなく増税や緊縮を行うことができる。大幅な財政赤字とデフレの同居という現実は、初めから理解の外かもしれない。

教科書的には、財政赤字=インフレとなるので、増税や緊縮をしても問題がない。
しかし現実はデフレ。
財務省は片方に目をつむって見ないことにしている。

デフレ脱却のために相続税の大幅引上げを-知民由之 : アゴラ - ライブドアブログ

筆者が提言するデフレ脱却の唯一可能と思われる方法論が金融資産(円現金同等物)に対する相続税の大幅引上げである。

現在60歳以上の老人世帯は1ヵ月当たり平均的に5.4万円の赤字(総務省:家計調査)となっており、常にあと何年生きられるかは分からないので30年分くらいの生活費として2千万円くらい(5.4万円×12ヵ月×30年)の蓄えは必要であり、これをどうこうすることは出来ない。そして、今後の老人世帯の増加に伴い、国民の蓄えが増加してゆくこともどうすることも出来ないし、敢えて、これを制限することは好ましくない。

問題は、長引く資産デフレによって、この蓄えのほとんどが、現金・預貯金・生命保険・国債といった、実質的に元本保証、それも生命保険以外は、政府保証がついた、金融資産(円現金同等物)に偏在していることである。

政府債務のほとんどは、この国民の円現金同等物資産によって担保されており、したがって、国民が蓄えを増やせば増やすほど政府債務は膨らむ宿命にあるが、だからといって、しょうがないとは言っていられないほど政府債務が膨張してしまったのである。
この問題を解決するには、ご老人世帯の資産を、円現金同等物から元本保証の無い不動産・株式・外貨資産に異動させるしかなく、これを、経済にダメージを与えずに、さらに、ご老人が納得できる方策で実施するしかないのである。

これを可能にする唯一の方法が、円現金同等物に対する相続税の大幅引上げであり、これが実現すれば、日本の資産デフレに歯止めがかかり、株高、円安になり、日本経済は劇的に改善するとともに、所得税・法人税・不動産税のチャネルを通して、財政収支も劇的に改善し、現在日本が抱えている諸問題に、一気に解決の糸口を見つけることが出来ると考えられる。

もちろん、資産効果、将来不安の減退を通して名目GDPは劇的な上昇になることが予想され、現在考えうる、唯一無二のデフレ解消法である。

相続税は、円現金同等物については基礎控除無しの50%の税率を課すことを柱として、次のように改正する。

現金が死蔵されていることが今の金融事情の悪循環を生んでいる。
その解決(&財源確保)のために、
現金に対する相続税を強化する、というアイデア。

租税を回避したければ、他の資産に移動するというスキームが用意されていて、とても好感が持てる。

日本の大不況の真実と重要性 by Adam Posen · 道草

実は日本は数多くの構造的な強さを持っていて、不況を回避することが可能であった。特に、財政政策の余地があった。デフレが持続した時に日本の金融システムと企業のガバナンスの脆弱性がこれらの余地を相殺してしまった。

金融危機から発生した不況への対抗策として、
バブル崩壊後の日本を研究したアダム氏のレポート。

当時の日本と現在のイギリスを比較すると、イギリスのほうが危機的状況にある……という話だが、裏を返せば、日本の失われたx年は、2003年ごろに終わらせることが可能だったとアダム氏は言っている。

ネット選挙と世代間の不公平: 生命保険 立ち上げ日誌

このように高齢者優先の施策が取られる理由が、若者の投票率が低いことにある。ざっくり言うと、60代の投票率が75%であるのに対して、20代は35%だそうだ。確かに自分が政治家だったら、ただでさえ人口が少ない上に投票率も低い若い人たちの言うことに、耳を傾けるインセンティブは小さい。

あえて、若者の低投票率に合理性を見いだしてみる。

彼らにしてみれば、今の制度が中途半端に温存されるより、
さっさと破綻清算されればいいんじゃないだろうか。

失われた20年=15年戦争と置き換える。
昭和初期、あるいは90年代以降に社会に飛び出した層は、
人生のチャンスのいくらかを奪われてしまった。

戦争はいやだろうが、果てしなくダラダラ続けられて、人生そのものが台無しになるより、
さっさと敗戦したほうが、なんぼかマシなんじゃないか。

そう考える人たちはいるだろう。