◆ IT化時代の経済政策: nando ブログ
このような時期には、
「高い物価上昇率を許容することで、高い成長率が可能になる」
ということが成立する。
では、高い物価上昇率を許容しなければ? その場合には、大量の失業者が発生するだろう。それが現代の先進国社会だ。──
ちなみに過去の高度成長期(池田内閣の時代)を見よう。この時代には「農業から工業へ」という産業構造の変化があった。日本の労働者の大部分は農業分野(第一次産業)で働いていたのだが、それが工業分野(第二次産業)に移転していった。そのことで、高い成長率が実現した。農業に限って言えば、同程度の生産量を、何分の一の人口で生産することで、生産性は数倍に上昇した。(機械化などをともなうが。)
こうなると、農業で余った労働力を、他の分野で吸収しなくてはならない。それを吸収したのが、第二次産業や第三次産業だ。
このような産業構造の転換は、日本に高い成長をもたらした。ただし、注意。もし高い成長がなかったら、どうだったか? 農業分野で余った大量の労働者は、大量の失業者となったはずだ。その場合には、大量の失業者が出るという形で、日本はひどい不況になっていたはずだ。これと相似形の事情にあるのが、現代だ。かつては農業分野で大量の余剰労働力が出た。それと同様に、現代ではIT化にともなう激変によって大量の不要労働者が出ている。事情は似ている。
ただし、事情は似ていても、政府の経済政策が異なっている。昔の日本は、高い物価上昇率を許容して、高い成長をなし遂げた。しかし現在の先進国は、高い物価上昇率を共用しない。3%を少しでも超えようものなら、「インフレだ!」と大騒ぎして、物価を引き下げようとする。また、ちょっとでも財政赤字が拡大したら、「財政を健全化せよ」と言って財政を引き締める。……そのせいで、世界的に「低い物価上昇率と低い成長率」というのが基本となった。そして、それにともなって、大量の失業者が放置された。
ただし、例外もある。それは途上国だ。中国 や ブラジル や インド などの途上国では、7%ぐらいの高い物価上昇率を許容することで、高い成長率を維持している。これらの国ではまさしく高度成長がなし遂げられているのだ。──
一般に、高い成長をなすには、高い物価上昇率が必要だ。そのことは、私が理論的に説明した。( ※ 消費の拡大が必要だ、という原理。)
だから、「物価上昇率は低ければ低いほどいい」ということは、成立しない。むしろ、「激変の時期には、高い成長が必要なので、そのためには高い物価上昇率を許容するべきだ」と理解するべきだ。
→ 「需要統御理論」 簡単解説ここで、二つの言葉を並べてみよう。
インフレ / デフレ
これらは何を意味するか? 物価上昇率の違いだけか? いや、次のようにセットになっているはずだ。
・ インフレ …… 高い物価上昇率 & 好況(高成長)
・ デフレ …… 低い物価上昇率 & 不況(低成長)
このように、物価上昇率と成長率とは、一体化している。高い成長のためには、高い物価上昇率が必要なのだ。
なのに、やみくもに、「高い物価上昇率はけしからん」という方針で、物価上昇率を抑制してきたのが、近年の経済政策だった。(マネタリズム流。IMF流。経済学の主流派の発想。)
そのような経済政策の結果が、現代のような「低成長と大量の失業者」という状況なのだ。
そして、このような問題が噴出するのは、世界が激変にさらされているときだ。世界が変化の少ない安定した時代であれば、主流派の方針でもボロは出なかっただろう。高い物価上昇率はけしからん」という方針で、物価上昇率を抑制しても、特に歪みは噴出しなかっただろう。しかし、世界が激変にさらされているときには、そうは行かない。かつては農業労働者が余ったし、現代では古い産業の労働者が余っている。そういう労働者を吸収するには、余った労働者を吸収するだけの、新しい産業の伸びが必要だ。そして、そのために必要なのは、イノベーションではない。マクロ的な需要拡大政策だ。それによってのみ、新規の大量の雇用口が保証される。──
The Economist が示したように、イノベーションとグローバル化の時代には、社会では大量の労働者が余剰となる。それは避けがたいことだ。また、それを止めることはできないし、止めるべきでもない。
これを解決するには、どこかの産業が急に伸びればいいのではない。国全体の産業全体が少しずつ拡大すればいいのだ。つまり、マクロ的な経済政策で、総需要拡大政策を取ればいいのだ。
そのとき、全体が少しずつ拡大するのにともなって、どこかの部分が大きく伸びたり、どこかの部分が少しだけ伸びたりする。しかし、そのような格差は、市場原理に任せて、放置しておくだけで足りる。
国がなすべきことは、全体のパイを大きくすることだ。つまり、高い経済成長を実現することだ。それにともなって、余った労働者は自然に吸収される。ちょうど、高度成長期でそうであったように。また、現代でも中国やブラジルやインドでそうであるように。……そして、高い成長率を実現するための方策は、「高い物価上昇率を許容すること」だ。
[ 補足 ]
そこまでわかれば、具体的な経済政策もわかる。
目的は、「総需要拡大」だ。
そして、それを実現するための具体的な方法は、本サイトで何度も述べたとおり。
→ サイト内検索 「中和政策」
[ 付記1 ]
池田信夫の発想では、その逆だ。経済の低迷は、日本ではイノベーションがないだ、ということになる。
しかし、それは事実とは違う。実際、池田信夫がイノベーションのある国として示しているアメリカもまた、経済の低迷に悩んでいる。ドルは暴落している。また、日本に限らず、先進諸国はどこも似たような経済低迷に悩んでいる。何十年も。
大局的に言えば、先進諸国が景気低迷に悩むのは、90年代になってからであり、それはちょうど、イノベーションが進みつつあった時期だ。つまり、イノベーションが進んでいく時期と、先進国の経済が低迷した時期は、ほぼ一致している。イノベーションは、経済成長をもたらすどころか、経済の低迷をもたらしているのだ。
そして、その理由が何かは、本項を読めばわかるはずだ。
要するに、イノベーションは、高成長をもたらすのではなく、高成長の基盤をもたらすだけだ。その基盤の上で、実際に高成長が起こるかどうかは、「高い物価上昇率」を許容するかどうかで決まる。
・ 「高い物価上昇率」を許容する → インフレ (高成長)
・ 「高い物価上昇率」を許容しない → デフレ (低成長)だから、「イノベーションさえあれば高成長が実現する」というのは、あまりにも単純すぎる認識なのだ。イノベーションという基盤の上で、現実に高成長が起こるか否かは、「高い物価上昇率」(インフレ)を許容するかどうかで決まるのだ。
そして、このことを理解しないまま、いつまでもインフレ政策を取らずにいる(逆に財政健全化政策を取る)から、世界各国はいつまでたっても高成長路線には乗れないし、逆に、経済低迷にさいなまれるのだ。特に、イノベーションの時代には。[ 付記2 ]
ついでに、初心者向けに、基本的な経済原理を解説しておこう。(特に読まなくてもいい。)
「イノベーションがあれば高成長が実現する」
という俗説がある。それは素朴な信念だ。特に、池田信夫みたいな古典派はそういう説を取りたがる。
なるほど、イノベーションがあれば、生産性が向上するので、成長は可能になる。しかし、可能になるということと、実現するということとは、別だ。
成長が実現するには、供給能力が伸びるだけでは駄目だ。供給にともなって需要も伸びる必要がある。では、需要が伸びなければ? 生産性の向上にともなって、供給が増える代わりに、失業者が増える。(生産性が1割上昇すれば、生産量は1割増やせる。しかし需要が変わらなければ、生産量は変わらないので、生産量が1割増えるかわりに、労働者が1割減る。)……というわけで、
「イノベーションがあれば高成長が実現する」
ということは成立せず、
「イノベーションがあれば、失業が発生する」
というふうになる。需要が増えなければ。
だから、イノベーションが実際の生産量拡大に結びつくためには、イノベーションだけでは足りず、「需要の拡大」という政策がともなう必要がある。そして、それは、「高い物価上昇率を許容する」というのと等価だ。
高度成長期の日本や現代の途上国では、高い物価上昇率が許容されたから、高い成長率が可能となった。現代の先進国では、高い物価上昇率が許容されないから、たとえ高い成長率が可能であるとしても、低い成長率と高い失業率が発生した。
結局、「高い経済成長のためには、供給と需要がともに伸びる必要がある」という経済原理を理解する
イノベーションは失業者を生み出すので、彼らをふたたび労働市場に吸収するための新規産業(=新需要)を生み出さなければならない。
需要の拡大=消費の拡大(インフレ)である。