欧州という他山の石の価値 - 経済を良くするって、どうすれば

財政再建は、国の借金を減らすことであり、日本の場合、イコール、国にカネを貸している国内の家計や企業の貯蓄を減らすことである。次の世代に借金を残さないため、増税で家計や企業の貯蓄を取り上げて相殺しましょうと「真実」を述べたら、一般の人は驚くのではないか。マクロでは、国も、家計も、企業も、全部門が貯蓄を持つというのはない。(全借金を外国が持つ場合は別だが)

 もちろん、家計が貯蓄を崩して消費を増やし、それに応じて、企業が貯蓄を投資に充てるのなら、需要が増加するので、増税でもして国の借金を減らせば良い。ところが、日本の財政当局は、消費増税をして、消費を減らすことばかり考えている。しかも、法人減税など、貯蓄を増強するようなことには寛大であり、相続税など資産課税にも大甘だ。ピント外れもはなはだしい。

日本における財政再建とは国内の家計や貯蓄を減らすこと。
なのに財務省は消費を減らして貯蓄を増強するようなことばかりしている。

もしイギリスがポンドではなく、ユーロを選んでいたら? - 内藤忍の公式ブログ

イギリスとスペインを比較すると、財政状態も政府債務もインフレーションもイギリスの方が悪い状態です。にも関わらず、スペインの国債は5.5%近くまで上昇しているのに、イギリスの国債は2.3%に低下しているのです。同じ欧州圏の国で信用力が高い国の方が金利が高い(信用が無い)というのはユーロと言う仕組みに原因があると見ることができます。

違いは自国の中央銀行を持っているかどうかです。

スペインのようにユーロを導入している国は、自国の中央銀行ではなく欧州中央銀行(ECB)がその役割を果たします。一方、ユーロを導入していないイギリスは、イングランド銀行が中央銀行として存在します。

中央銀行を持つ国は、国によって異なるいくつかの制限はあるものの、国債を中央銀行が買い取ることができる。これは、マネーサプライを増加させ、インフレの温床になるリスクがあります。特に中央銀行の立場が弱い場合はそうです。

しかし、一方で中央銀行があるということは、国債の支払い能力に対する投資家の安心感をもたらし、金利を低下させる効果もあるというのです。

もし、イギリスがユーロを導入していたら、スペインと同じ、いやそれ以上の金利になっていたかもしれません。

ではイギリスはユーロを導入しなくて良かったのでしょうか?結果としてはそうかもしれません。しかし、これが世界的なインフレの環境下だったら結果は逆になっていた可能性もあります。

お金の動きとは何ともデリケートです。単純に結果だけを見て、判断の是非を決める訳にはいかないのです。

イギリスのほうがスペインよりも状況は悪いのに、スペインよりも低金利で国債を発行できている。
それはイギリスが中央銀行を保有しているからで、デフレ圧力のある状況では、インフレファイティングできる国のほうが安心感を持たれる。

中国株と金利サイクル - Market Hack

実際、金利の大きな方向転換が出るとなれば一度はロングから入る必要があると感じています。

ただ一般論として中央銀行が引締めサイクルから利下げに転じる瞬間は株式市場にとって大きなチャンスであると同時にリスクも大きいのです。

なぜならこの瞬間では未だ経済がソフトランディングするか、それともハードランディングになるかわからないからです。

一般に不動産セクターが好景気の牽引車を務めた場合では(今回の中国も明らかにそれに属します)ソフトランディングを演出するのは至難の業です。

だから極端に強気、ないしは極端に弱気の相場観に偏らず、必要に応じて柔軟に投資戦略を変えたいと思います。

米国、欧州につづき、中国も試練の時を迎えようとしている。

Porco Rosso Financial Weblog: ユーロ問題111111

プライマリーバランスがちょうど均衡しているときに成長率が金利よりも高ければ財政赤字は減少していく。これが「ドーマー条件」と呼ばれるものだ。簡単に言えば金利が高くとも成長率がさらに高ければ何とかなるのである。

イタリアの実質金利は4.5%、2000年から07年の実質成長率が1.5%であるから現実には「ドーマー条件」を満たしておらず、今後の歳出削減や政府資産売却、3%ほどの経済成長の上乗せが必要となるわけだが、ユーロ圏の銀行が信用を収縮している段階でそうした成長は非現実的だと断定せざるを得ないだろう。政府高官で「イタリアの金利はユーロ統合以前の水準に戻っただけだと発言する人もいたが、だとすればユーロ統合後の低い金利とそれによる債務の積上げは無理なファイナンスであったことを裏付けるだけの話だ。

金利を超える経済成長をしなければ、財政赤字は減少しない。

◆ 空洞化についての誤解:  nando ブログ

対策によって輸出を維持すれば、円レートが上昇するので、ますます空洞化が必要となるからだ。元の木阿弥。
 結局、すべては為替レートが調整するのだから、「空洞化対策」などはしても意味がないのだ。

真の円高対策は輸入を増やして、円安に誘導すること。

来るべき時代の衝撃に備えて、国家と個人のリスクを切り離せ(『週刊ダイヤモンド』2011/10/08号) | 橘玲 公式サイト

日本国の財政が破綻したら、理論的に、以下の3つの経済事象が発生する(これ以外のことは起きない)。

  1. 国債価格の暴落にともなう金利の大幅な上昇。
  2. 通貨が信任を失うことによる円安。
  3. 高金利と円安が引き起こす高率のインフレ。

すなわち「国家破産」後の日本は、「低金利・円高・デフレ」の現在とまったく逆の世界になるのだ。

もっとも、このすべてが同時に起きるわけではない。

最初の徴候は、国債価格が下落して金利が上昇することだ。これは財政破綻の定義で、低金利のまま円安になったり、物価が上昇したりしても、景気の回復や国の債務の減少につながるから財政破綻の引金が引かれることはない。

さらに、金利が上昇しはじめてもすぐにインフレや円安が起こるわけではない。為替市場では逆に、高金利で海外からの円買いが進み、短期的にはさらなる円高になる可能性もある。

国債価格が暴落すれば、膨大な国債を保有する金融機関は時価評価で大幅な債務超過になってしまう。本格的な円安やインフレは、この壊滅的な金融危機の後にやってくるだろう

財政破綻に備えるには、これらの経済事象に対してあらかじめ適切な保険をかけておけばいい。国債先物を売ったり、商品指数ETFを購入したり、銀行株を空売りしたり、さまざまな方法があるだろうが、もっとも簡単なのは外貨建て資産を一定程度保有することだ(その具体的な方法については近著『大震災の後で人生について語るということ』で書いているので、合わせて参考にしてほしい)。

農耕社会では、祖先から土地を受け継ぎ、それが子孫へと伝えられていく。土地を奪われれば死ぬしかないのだから、土地と人生はつねに一体化していた。その延長で、私たちはごく自然に、国家と自分の運命を同一視してしまう。

日本の財政赤字は1000兆円を超え、巷には「国家破産」の予言があふれている。だが、国家の破産はただちに個人の破滅を意味するわけではない。

年金しか生きる術のないひとたちは、国家に経済的に依存している。資産の大半が日本円なら、ひとたび円が信用を失えばその価値は大きく毀損してしまうだろう。東日本大震災で目にしたように、世界は不確実で、日常の基盤はふいに失われてしまうのだ。

だとしたら私たちにいま必要なのは、国家のリスクを個人のリスクから切り離すことだ。日本の政治に人生のすべてを託すことができないのなら、それが来るベき衝撃に備える唯一の方法になるだろう

本格的な円安やインフレは、国債価格の暴落のあとにやってくる。

国債の下落&金利上昇は一時的な円高をもたらすことがあるので、そこで外貨建て資産を一定程度保有するのがよいだろう。

金融そして時々山: 投資家に逃げ場なし

国債についていうとエコノミスト誌は英国国債の例をとり、現在の2.5%という利回り水準は1946年と同じレベルで、その時長期国債を買った人はその後28年間に実質価値ベースで国債価値の4分の3を失った(インフレと金利上昇が進行した)と述べる。また金については前回のピークは1980年だったが、その後20年間で価値は3分の2下落した。

株式については自明のことだが、重要なことはスタート時の配当利回りと配当の成長率だ。米国株を例に取ると配当利回りは1%で、配当の成長率については1.4%合わせて3.5%程度ではないか?という実証的研究をエコノミスト誌は紹介していた。

資産運用の利回り目標は、長期金利を目安にすること。
それが史上最低レベルで推移している以上、世界全体が「現金最強」時代に入ったのかもしれない。

「需要統御理論」 簡単解説

物価上昇率が上がると、貸出金利も上がるから、(借り手の企業にとっては両者が打ち消し合って実質金利は変わらないので)、「物価上昇で補助金」という効果は出ないんじゃないの?
需要統御理論では、物価上昇率が上がっても、金利を上げるとは限らないのです。特に、不況のときは、金利を上げるどころか下げます。── ここが肝心なので、注意してください。
従来の考え方では、物価上昇率は景気の指標でした。だから、物価上昇率が上がれば、景気を冷やすために、金利を上げるべきでした。
しかし、需要統御理論では、物価上昇率は消費の促進剤です。だから、不況のときには、物価上昇率を高めに誘導するために、金利は低めにするべきなのです。物価上昇率が高くなったからといって、金利を上げたりしないのです。(不況のときは。)
具体的な例としては、2001年秋の米国があります。このとき米国は、ある程度金利を下げたあと、なすすべがなくなっています。そうして不況の状態を放置しています。「世界同時不況」の危険が言われているのに、手も足も出ません。なぜか? さらに金利を下げると、物価上昇が起こるので、それを怖がっているわけです。これは、従来の金融政策に従っているからです。
しかし、需要統御理論に従えば、さらに金利を下げるべきなのです。そうすると、過剰な資金が出回って、物価上昇率が高くなりますが、この物価上昇によって消費が促進されるので、不景気から脱することができます。いったん不景気から脱したら、ふたたび物価上昇率を低めに誘導します。つまり、一時的に高めの物価上昇を甘受することで、膨大な失業者の発生という最悪の現状から脱するわけです。── なお、この際、国民には物価上昇による損失が発生しますから、減税などで国民一人一人に金を渡すことが必須です。つまり、金融政策と財政政策を、同時に行なう必要があります。
( ※ 以上は、不況のときの話です。インフレのときは、話は別で、従来通りの金融政策を採ります。つまり、物価上昇率が上がったら、金利を上げて、インフレをつぶします。

需要統御理論においては、消費を促進し不景気を撃退させることを優先するため、物価上昇率を普段よりも高めに置く。そのため普段よりも金利を低めに誘導し、物価上昇率を上げていく。

そして景気が回復してから金利を下げてインフレを潰すという順番になる。

「需要統御理論」 簡単解説

結局、景気を回復するには、需要をコントロールするのが大事だ、ということですか?
そうです。
( ※ 供給能率の改善は、長期的な効果を狙って実行するものです。景気とは関係ありません。)

需要をコントロールと言いますが、ケインズも同じことを言っていたのでは?
ケインズもまた、不況のときは需要を増やそうとしました。しかし、その需要は、「官需」(公共事業)でした。「需要統御理論」で増やそうとするのは、「民需」(個人消費)です。ここがケインズとは決定的に異なります。

ケインズのやり方でも、効果があるのでは?
効果はあります。ただ、それが足りるかどうかが、問題です。
小さな不況[景気後退]のときには、効果は十分です。(成功の実例多数。)
しかし、大幅な不況には、効果がまったく不足します。たとえば、需要が100兆円も縮小したとき、公共事業をさらに追加しようとしても、せいぜい 10兆円ぐらいしか追加できない(建設業界に追加の受け入れ能力がない)ので、ひどく縮小した需要を埋めるには力不足です。公共事業なんかでは全然足りないのです。 (失敗の実例多数。ニューディール政策や、バブル破裂後の日本など。)
ケインズのやり方で、官需を大幅に増やすとしたら、公共事業以外のものが必要となります。それは何か? 戦争です。戦争では、建設業に限らず多くの産業に支出がなされるので、大規模な支出が可能となり、官需を急速に増やすことができます。
結局、ケインズのやり方(官需増大)を取る限り、「戦争をするか、景気回復を諦めるか」の、二者択一となります。(大幅な不況のときには

現代日本においては、官需ではなく、民需を喚起する方法でなければ、大不況の克服はかなわない。

◆ IT化時代の経済政策:  nando ブログ

このような時期には、
「高い物価上昇率を許容することで、高い成長率が可能になる」
ということが成立する。
では、高い物価上昇率を許容しなければ? その場合には、大量の失業者が発生するだろう。それが現代の先進国社会だ。

──

ちなみに過去の高度成長期(池田内閣の時代)を見よう。この時代には「農業から工業へ」という産業構造の変化があった。日本の労働者の大部分は農業分野(第一次産業)で働いていたのだが、それが工業分野(第二次産業)に移転していった。そのことで、高い成長率が実現した。農業に限って言えば、同程度の生産量を、何分の一の人口で生産することで、生産性は数倍に上昇した。(機械化などをともなうが。)
こうなると、農業で余った労働力を、他の分野で吸収しなくてはならない。それを吸収したのが、第二次産業や第三次産業だ。
このような産業構造の転換は、日本に高い成長をもたらした。ただし、注意。もし高い成長がなかったら、どうだったか? 農業分野で余った大量の労働者は、大量の失業者となったはずだ。その場合には、大量の失業者が出るという形で、日本はひどい不況になっていたはずだ。

これと相似形の事情にあるのが、現代だ。かつては農業分野で大量の余剰労働力が出た。それと同様に、現代ではIT化にともなう激変によって大量の不要労働者が出ている。事情は似ている。
ただし、事情は似ていても、政府の経済政策が異なっている。昔の日本は、高い物価上昇率を許容して、高い成長をなし遂げた。しかし現在の先進国は、高い物価上昇率を共用しない。3%を少しでも超えようものなら、「インフレだ!」と大騒ぎして、物価を引き下げようとする。また、ちょっとでも財政赤字が拡大したら、「財政を健全化せよ」と言って財政を引き締める。……そのせいで、世界的に「低い物価上昇率と低い成長率」というのが基本となった。そして、それにともなって、大量の失業者が放置された。
ただし、例外もある。それは途上国だ。中国ブラジルインド などの途上国では、7%ぐらいの高い物価上昇率を許容することで、高い成長率を維持している。これらの国ではまさしく高度成長がなし遂げられているのだ。

──

一般に、高い成長をなすには、高い物価上昇率が必要だ。そのことは、私が理論的に説明した。( ※ 消費の拡大が必要だ、という原理。)
→ 「需要統御理論」 簡単解説

だから、「物価上昇率は低ければ低いほどいい」ということは、成立しない。むしろ、「激変の時期には、高い成長が必要なので、そのためには高い物価上昇率を許容するべきだ」と理解するべきだ。

ここで、二つの言葉を並べてみよう。
インフレ / デフレ
これらは何を意味するか? 物価上昇率の違いだけか? いや、次のようにセットになっているはずだ。
・ インフレ …… 高い物価上昇率 & 好況(高成長)
・ デフレ  …… 低い物価上昇率 & 不況(低成長)
このように、物価上昇率と成長率とは、一体化している。高い成長のためには、高い物価上昇率が必要なのだ。
なのに、やみくもに、「高い物価上昇率はけしからん」という方針で、物価上昇率を抑制してきたのが、近年の経済政策だった。(マネタリズム流。IMF流。経済学の主流派の発想。)
そのような経済政策の結果が、現代のような「低成長と大量の失業者」という状況なのだ。
そして、このような問題が噴出するのは、世界が激変にさらされているときだ。世界が変化の少ない安定した時代であれば、主流派の方針でもボロは出なかっただろう。高い物価上昇率はけしからん」という方針で、物価上昇率を抑制しても、特に歪みは噴出しなかっただろう。しかし、世界が激変にさらされているときには、そうは行かない。かつては農業労働者が余ったし、現代では古い産業の労働者が余っている。そういう労働者を吸収するには、余った労働者を吸収するだけの、新しい産業の伸びが必要だ。そして、そのために必要なのは、イノベーションではない。マクロ的な需要拡大政策だ。それによってのみ、新規の大量の雇用口が保証される。

──

The Economist が示したように、イノベーションとグローバル化の時代には、社会では大量の労働者が余剰となる。それは避けがたいことだ。また、それを止めることはできないし、止めるべきでもない。
これを解決するには、どこかの産業が急に伸びればいいのではない。国全体の産業全体が少しずつ拡大すればいいのだ。つまり、マクロ的な経済政策で、総需要拡大政策を取ればいいのだ。
そのとき、全体が少しずつ拡大するのにともなって、どこかの部分が大きく伸びたり、どこかの部分が少しだけ伸びたりする。しかし、そのような格差は、市場原理に任せて、放置しておくだけで足りる。
国がなすべきことは、全体のパイを大きくすることだ。つまり、高い経済成長を実現することだ。それにともなって、余った労働者は自然に吸収される。ちょうど、高度成長期でそうであったように。また、現代でも中国やブラジルやインドでそうであるように。……そして、高い成長率を実現するための方策は、「高い物価上昇率を許容すること」だ。

 



[ 補足 ]
そこまでわかれば、具体的な経済政策もわかる。
目的は、「総需要拡大」だ。
そして、それを実現するための具体的な方法は、本サイトで何度も述べたとおり。
→ サイト内検索 「中和政策」

 



[ 付記1 ]
池田信夫の発想では、その逆だ。経済の低迷は、日本ではイノベーションがないだ、ということになる。
しかし、それは事実とは違う。実際、池田信夫がイノベーションのある国として示しているアメリカもまた、経済の低迷に悩んでいる。ドルは暴落している。また、日本に限らず、先進諸国はどこも似たような経済低迷に悩んでいる。何十年も。
大局的に言えば、先進諸国が景気低迷に悩むのは、90年代になってからであり、それはちょうど、イノベーションが進みつつあった時期だ。つまり、イノベーションが進んでいく時期と、先進国の経済が低迷した時期は、ほぼ一致している。イノベーションは、経済成長をもたらすどころか、経済の低迷をもたらしているのだ。
そして、その理由が何かは、本項を読めばわかるはずだ。
要するに、イノベーションは、高成長をもたらすのではなく、高成長の基盤をもたらすだけだ。その基盤の上で、実際に高成長が起こるかどうかは、「高い物価上昇率」を許容するかどうかで決まる。
・ 「高い物価上昇率」を許容する → インフレ (高成長)
・ 「高い物価上昇率」を許容しない → デフレ (低成長)

だから、「イノベーションさえあれば高成長が実現する」というのは、あまりにも単純すぎる認識なのだ。イノベーションという基盤の上で、現実に高成長が起こるか否かは、「高い物価上昇率」(インフレ)を許容するかどうかで決まるのだ。
そして、このことを理解しないまま、いつまでもインフレ政策を取らずにいる(逆に財政健全化政策を取る)から、世界各国はいつまでたっても高成長路線には乗れないし、逆に、経済低迷にさいなまれるのだ。特に、イノベーションの時代には。

[ 付記2 ]
ついでに、初心者向けに、基本的な経済原理を解説しておこう。(特に読まなくてもいい。)
「イノベーションがあれば高成長が実現する」
という俗説がある。それは素朴な信念だ。特に、池田信夫みたいな古典派はそういう説を取りたがる。
なるほど、イノベーションがあれば、生産性が向上するので、成長は可能になる。しかし、可能になるということと、実現するということとは、別だ。
成長が実現するには、供給能力が伸びるだけでは駄目だ。供給にともなって需要も伸びる必要がある。では、需要が伸びなければ? 生産性の向上にともなって、供給が増える代わりに、失業者が増える。(生産性が1割上昇すれば、生産量は1割増やせる。しかし需要が変わらなければ、生産量は変わらないので、生産量が1割増えるかわりに、労働者が1割減る。)……というわけで、
「イノベーションがあれば高成長が実現する」
ということは成立せず、
「イノベーションがあれば、失業が発生する」
というふうになる。需要が増えなければ。
だから、イノベーションが実際の生産量拡大に結びつくためには、イノベーションだけでは足りず、「需要の拡大」という政策がともなう必要がある。そして、それは、「高い物価上昇率を許容する」というのと等価だ。
高度成長期の日本や現代の途上国では、高い物価上昇率が許容されたから、高い成長率が可能となった。現代の先進国では、高い物価上昇率が許容されないから、たとえ高い成長率が可能であるとしても、低い成長率と高い失業率が発生した。
結局、「高い経済成長のためには、供給と需要がともに伸びる必要がある」という経済原理を理解する

イノベーションは失業者を生み出すので、彼らをふたたび労働市場に吸収するための新規産業(=新需要)を生み出さなければならない。

需要の拡大=消費の拡大(インフレ)である。