民主党は今こそ小泉政権の「構造改革」に学べ 菅首相が唱える「第三の道」という迷い道 JBpress(日本ビジネスプレス)

小泉政権の時期(2001~2006年)に日本経済が長期低迷を脱したことは明らかだろう。

竹中平蔵氏が小泉政権の経済財政・金融担当相に就任した2002年は、日本経済のどん底だった。信用不安が続き、不良債権は底なしで、日経平均株価は2003年の3月にバブル後最安値の7054円をつけた。しかし株価はその後、急速に回復し、小泉氏が退陣した2006年までに2.5倍になった。

小泉政権の「行き過ぎた市場原理主義」で格差が拡大したというワイドショー的な話も誤りであることは、多くの経済学者の指摘する通りである。

失業率は小泉政権の時代に下がり、所得格差を表すジニ係数も下がった。菅氏が何を根拠に「格差が広がった」と言うのか、具体的なデータを示してほしいものだ。

小泉政権の政策は「小泉・竹中改革」とか「新自由主義」とか呼ばれるような特殊なものではなく、経済学の標準的な考え方である。ただ、競争原理を強める経済学の論理は選挙では喜ばれないので、政治的には実行が難しい。それをあえて竹中氏に任せ、首相はそれを断固としてバックアップする姿勢を示したことが小泉氏の功績だろう。

日本の抱えている問題は「行き過ぎた市場原理」ではなく、市場原理が足りないために成長率が低下していることだ。

たしかに小泉、竹中さんに対する批判は、
現状を変えたくない人たちによって、都合良く使われている感じはする。

郵政を再国有化したがっている人たちとかにね。

小泉竹中路線にはマイナスもあったがプラスもあった。
反小泉竹中を唱える人たちの経済政策に、プラスはあるのだろうか?

池田信夫 blog : 「情報アクセス権」は有害である

すべての地域で同じサービスを同一料金で提供するユニバーサル・サービスは、政治的スローガンとしては受けがいいが、経済的には非効率だ。

わかりやすい例でみてみよう。東京都は小笠原海底光ファイバーケーブルに100億円を投じ、そのうち66億円を政府が補助する。八丈島から父島・母島まで約800kmにわたって敷設される光ファイバーを利用する人口は約2500人。一人あたり400万円の税金が投入されるわけだが、これは小笠原諸島の人々にとっていいことなのだろうか。

もし父島で、光ファイバーと400万円の現金を選択させれば、ほとんどの人が現金を選ぶだろう。つまり彼らにとっては、光ファイバーに400万円の価値はないのだ。彼らに政府が特定の通信インフラを押しつけることによって、そのコストを負担する東京都民(および日本国民)も小笠原島民も損をするのである。

つまりナショナル・ミニマムは、通信インフラや子ども手当のような裁量的な支出ではなく、ルールにもとづく税の還付で保障したほうがいいのだ。これが負の所得税やベーシック・インカムの考え方である。日本の社会保障給付は、一般会計と年金会計あわせて年間80兆円ぐらいあるので、これをBIとして頭割りで配ると、一人あたり年60万円ぐらい。4人世帯で240万円だから、まずまずだろう。その代わり生活保護も公的年金も、土木事業や農業などの補助金もすべてやめ、厚労省と農水省を廃止すれば、財政は大幅に改善する。

 

 

なるほど、と思う点と、どうかな、と思う点あり。

先進国は今後、恒常的な低賃金&税収不足に陥る可能性が高く、
ユニバーサルサービスを小さくする方向性で動いたほうがよい、と思っているので、
インフラ整備は対象を丁寧に絞り込んだほうがよい、というのは同意。

ただ、話のたとえで小笠原を出すのは正しくないかな、とも思う。
光ファイバーの話をやめれば、小笠原の人々が400万円貰えたのかというと、
そういう話ではないから。

東京都の100億円=都民1人あたり1000円の節約、
政府の66億円=国民1人あたり60円の節約を実現させるために、
小笠原に1人当たり400万円のインフラを作ることを是とするかどうか、ということだろう。

孫正義社長は、光の道はそれだけの意義のある事業だと考えていて、
池田氏はそうは思っていない。

ただ、ネットにたっぷり浸かっている自分としては、
光の道が全国津々浦々に整備されることに意義を唱えられる立場にはない。 

サイパン・テニアンが基地誘致する悲しい理由 日本のデフレが観光業を直撃 JBpress(日本ビジネスプレス)

それだけに「沖縄の自然を守れ」「沖縄の人々を守れ」と叫びながら、サイパン島やテニアン島の経済的困窮に付け入るように基地移転を議論する日本の政治やマスコミには鼻白んでしまう。

米軍基地を沖縄から外に出す政策は、基本支持したいが、
こういう負の側面もあるということを覚えておきたい。

6/14 消費税増税の議論についての補足: きょうも歩く

私は課税のモラルの問題としての所得税の累進課税の強化と、相続税の課税ベースの拡大はやるべき、という点については、批判してくださる方々と価値観が一致している。

しかしそれだけで消費税増税を回避できるほどの税の欠損が補えたり、保育や教育や医療に必要な財源を確保できるのかというと、そういう額にはならない。申告所得のある人だけでも年収1000万円以上の人は5%しかいない。この人たちに、消費税増税に補えるほどの税収を期待できることは、まずありえない。同様に相続税も課税ベースを拡大してもさほどの効果はない。

(中略)

法人税については、日本の場合外形標準課税がないため、赤字申告企業に課税できない。6割が課税できない企業であるため、残りの4割の企業が今の法人税を負担していて、まじめに税を申告・納税している輸出産業を中心とする法人には、かなり過酷になっているという話は一理ある。これも諸外国との比較の話で、輸出産業が納税者である以上、やはりあまりにも諸外国との税負担の格差があれば、下げるのを止めることができても、上げろというのは無理であろう。諸外国との法人税の下限税率を決めないと、なかなか難しいのではないかと思う。そういう意味で、G20での峰崎財務副大臣の働きは評価されてよい。
法人税の負担を上げるとすれば、社会保険料の企業負担分をどう考えるかによってのみ可能だということになる。
なお、消費税導入前の税制のイデオロギーであるシャウプ勧告では、法人の所得は最終的には配当や賃金によって個人に帰属していくため、過大な課税はすべきでないという考え方になっている。

所得税や法人税の増税では、現在の歳入減を補えない。

日本のお金持ちは数が少ないので、数百万円レベルの所得層にまで増税していかないと兆円単位の増収にはならないし、

法人税に至っては「余裕のある企業は日本から出たほうがお得ですよ」みたいな状態になっている。

「だから、消費税を上げたい!!!!!」という財務省のモチベーションはすごくよく分かる。

支持はしないけど。

池田信夫 blog : 小野善康氏の「よい公共事業」論

小野氏の想定している完全雇用(自然失業率)は3%前後らしい。今の日本の完全失業率は5%前後だが、彼の推奨するように(自然失業率との差)2%分の労働者を政府が雇用したら、何が起こるだろうか。これは120万人を雇用する巨大な公共事業で、それに使われる予算は1兆円を超えるだろう。そのコストは人件費だけではなく、資本設備や原材料費も含む。

この場合に経済学で正しいコスト計算は、同じ1兆円を何に使うと効率が最大になるかという機会費用である。池尾和人氏も指摘するように、失業の機会費用がゼロであれば小野氏の議論は成立する。どんな公共事業でもゼロより高い価値を生み出すので、プロジェクトの選択は大した問題ではない。

しかし公共事業のコスト(失業の機会費用)がそのプロジェクトの価値を上回る場合には、1兆円のコストをかけて1000億円の価値しかないダムや地方空港を建設することがある。この場合、その損失9000億円は失業者を雇用する便益よりはるかに大きいので、不要な地方空港を建設するより失業者を放置したほうが社会的厚生は大きい。いいかえれば、失業を減らすことができても「やってはいけない公共事業」があるのだ。

したがって小野理論の正否は、つまるところ公共事業の費用便益分析に帰着する。つねに便益が費用を上回る「よい公共事業」を政府が選択できるなら、失業しているよりましだが、今の日本のボロボロの財政状況は、そういう選択能力が政府にないことを示しているのではないか。「環境や観光インフラ、医療、健康」に税金をつぎこむターゲティング政策で、政府がつねに民間より賢明だという証拠はあるのだろうか。

これはソフトバンクの「光ファイバー公社」と本質的に同じ問題である。公共事業の前提は政府が絶対に間違えないということだ。世の中に絶対はないが、政府が公権力を公使する場合には絶対が求められる。市場は間違えた経済主体を淘汰するメカニズムを内蔵しているが、官僚は間違えないことを前提にして事業を起案するので、間違えた場合にも引っ込みがつかない。これが公共事業が間違える最大の原因である。

ハイエクものべたように、市場経済の最大のメリットは「パレート効率性」を実現することではなく、不完全な知識でもなんとか動き、間違えたら訂正する自由度が高いことにある。

失業を減らすことが出来ても、やってはいけない公共授業がある。

国民のお金を使う以上、政府は「機会費用」を最大にする施策をとるべきだが、
官僚は私企業の経営者と違い、
間違えても淘汰されるメカニズムが働かないため、
無責任な行動を取りやすい。 

その結果が、今の日本の財政状態ではないのか。

1兆円かけて、1000億円の価値しかないダムや空港を作る愚を犯してはいけない、という話。

ラジャンの超低金利政策への疑問 - himaginaryの日記

超低金利は家計に負担を強いるものである。一方で恩恵を受けるのは、銀行である。貯蓄者には雀の涙ほどの金利しか払わない半面、貸付は(潤沢な信用スプレッド込みの)高い長期金利で行うので、巨額の利益を上げることになる。超低金利は銀行への直接の補助金であり、その額はTARPよりはるかに大きい。FRBの目的は、こうして裏口から資本強化を行い、貸付を促進することにある。しかし、貸付機会が乏しいため、それが配当や賞与という形で流出してしまったらどうだろうか? しかもその配当や賞与が消費性向の低い高所得者に回り、一方で低金利のつけが(貯蓄の大部分を預金で持っているであろう)消費性向の高い低所得者に回るのだったら? 超低金利は実際には需要を減らすのではないだろうか? その可能性はゼロではない。

現在の低金利政策は、いくつかの悪い副作用がある。

上記の指摘にあるとおり、
景気回復のための金融緩和政策は、
銀行に対して利息と金利のサヤとりで利益を与える「隠れ補助金」的な意味合いもある。
そのため、低金利は貯蓄者にとっては「見えない税金」となっている。

こういった政策の本旨は「銀行が健康を回復することで、お金を貸し付けに回してくれるようになる」ことなので、それが実現してくれればめでたしめでたしなのだが、実際のところは、景気回復期待で需要が立ち上がるまでのあいだ「銀行のお金が余ってしまう」状態が発生し、資金をムダに遊ばせるわけにはいかない銀行は、浮いたお金を、株や債券などへ振り向けることになってしまう。

現時点でそれは新興国バブルとなって現れている。

これは新興国に迷惑をかけていることになるし、銀行はその利潤を株主や社員ボーナスに回すだけで、米国の低金利預金者にとっては何もいいことがない。 

FRBは銀行に対して「赤信号、みんなで車にひかれれば、保険金がっぽがぽ」という間違った教訓を与えてはいないか? という疑問。

日銀がお金を刷れば問題は解決するのか? - 藤沢数希 : アゴラ

民間の銀行が持っている国債を日銀がどんどん買うと、民間の銀行が持っている現金はどんどん増える。日銀が国債を買うと国債の値段が上がり、つまり金利が下がる。実際には短期金利のターゲットを様々な経済状況を分析して日銀が決定し、その金利水準に到達するまで国債の売買等を実行するのである。
日銀が特別な存在なのは、例えば国債を買う時に、普通の金融機関なら当然現金を用意しないといけないが、日銀はその現金を自分で刷ることができるということである。
逆に日銀が保有する国債を民間の銀行に売却すると、民間の銀行はその対価として現金を日銀に払わないといけないので、日銀は市中のお金を吸収することができる。
基本的に日銀がすることは民間の銀行との通常の金融取引だけであって、当たり前だが日銀はお金を「あげる」ということはできない。お金をどっかから税金という形で取ってきて、誰かにあげるのは日銀の仕事ではなく、政治家の仕事である。

ずいぶんと前置きが長くなってしまったが、日銀はリフレ派の学者がいうほど金融を引き締めてきたのだろうか。それは図を見れば一目瞭然で、むしろ日銀は狂ったようにお金を刷りまくってきたのが事実なのである。例えば、現在日銀は80兆円近い日銀券を発行している。これは国民ひとり当たりにすると60万円以上で、一家4人なら240万円にもなる。それだけの現生のお札が市中にばらまかれているのだ。実際のところ、金融機関には行き場のない大量の現金がジャブジャブになっており、それらが新興国の株や石油などのコモディティに流れているのである。日銀が大量に刷ったお金は世界の金融バブルに一役買ったのだ。

少なくとも筆者はリフレ派の論客には次のようなことに答えてもらいたいと思っている。日銀はあとどれぐらいマネタリーベースを増やせばいいのか。そして、マネタリーベースをどこまで増やせば消費者物価指数は上昇に転じるのか。その結果、日本国民の生活はどうのように改善するのか。

 

日本のデフレを解決するためには、まず需要を発生させることが先で、需要もないのにお金を刷ったところで、国内では吸収されず、海外を買いあさるだけになる。

需要を発生させるのは政治の仕事であって、日銀の出番はそのあと、という話。

経済成長戦略に足りないもの 【ビジョン】 【 カウンターゲーム 】

もしも自分ならば成長分野がどこかすら理解不能なので民間・・・投資家に任せます
政府はその枠組みだけ用意して最小限の支援にまわるだけのほうが良い感じがします

具体的には

新しい革新的な発見・発明には時間とカネが絶対必要です。時間は少なくても3年・・・~10年ってところでしょうか?
   ↓
アイデアを持った起業家には3分以内のプレゼンテーション動画を作成し (ここは政府支援)
   ↓
東証(?)や各証券会社から自由にその配信の閲覧可能
   ↓
そのアイデアに賛同したい投資家は1万円程度の小額から自由に投資可能 ※証券化
   ↓
その投資は3年・・・~10年は換金不能だが税控除の対象にする (ここが政府負担)
   ↓
100のアイデアのうち数える程度しか発明は実らないが実った場合の利益は今後の雇用や利益によるキャピタルゲインなどで政府の増収源となる
   ↓
投資家は節税を目的に出来るし(もちろん投資額がゼロになる可能性もあるが)起業家は完成目前の発明なのに資金不足で遇えなく撤退という最悪の事態もない
   ↓
夢のある事業には自然とカネが集まるでしょうし政府が予算を用意しなくても最低限のコストで運営可能なのではないでしょうか?

菅ノミクスよりは、こういう仕組みにしたほうが成功率は高いだろう。

証券化なら海外からもお金を集められるしね。

【正論】慶応大学教授・竹中平蔵 郵政「改悪」で国民負担年2兆円 - MSN産経ニュース

郵政には毎年2兆円の実質負担が発生することになる。

 2005年の民営化決定にあたって、当時の政府は「骨格経営試算」なるものを作成し、国会にも提出した。それによると、民営化によって金融面の「信用リスク・ビジネス」など新規業務を展開すれば、そうでない場合に比べて約1兆円の利益が得られることが示されている。しかし、実質国有企業ではこうしたリスクを取ることは不可能になる。今回の措置で年間1兆円の利益が失われることになる。また、約10万人を正規雇用に振りかえる措置によって、3千億円程度の負担増が見込まれる。これを合わせると、年間1兆3千億円の国民負担増だ。

 さらに、現状でも日本の郵便料金はアメリカの2倍強の水準である。合理化が遅れ生産性が低いために高料金となっている。民営化によるガバナンス強化でコストを削減することが期待されたが、期待利益はこの先も実現されないだろう。郵便の総収入から判断して、国民は年間約7千億円の高いコストを払い続けることになる。

郵政のために年間2兆円の負担を是とするか、という話。

小野善康 (経済学者) - Wikipedia

乗数効果に否定的。財政錯覚(いま税金を取られさえしなければ、未来に同じだけの負担が待っていようと、国民は気にしない)を前提としないかぎり、ケインズの言うような効果は生じないと考える。

菅さんのブレーンと言われる小野さんのWiki

公共事業は慎重にやらないと、ケインズのいうような乗数効果は生じない、という説。