「強い社会保障」という偽善 - 『社会保障の「不都合な真実」』 : アゴラ

民主党政権のいう「強い社会保障」は本当にそういう理想郷を実現するのだろうか。

このキャッチフレーズの生みの親である神野直彦氏は、「スウェーデン型福祉社会」をめざすという。しかし北欧諸国の高齢者(65歳以上)人口は20%弱でほぼ安定しているが、日本は25%。現役世代3人で高齢者1人を養っているが、これから急速に高齢化し、2023年には2人で1人、2040年には1.5人で1人になる。今年生まれた子供が30歳になるときは、社会保障負担は現在の2倍になるのだ。

この状況で「強い社会保障」と称して給付を2倍にすると、将来世代の負担は4倍になり、所得の半分以上が社会保険料に取られることになる。そんな社会が「安心」とはほど遠いことはいうまでもない。特に現在の賦課方式の保険制度では、50歳以上の受益者とそれ以下の負担者の格差は一人あたり数千万円にのぼる。年金会計は540兆円の債務超過であり、いずれ積立方式に変更することは避けられないと著者はみている。

「強い社会保障と強い経済の二兎を追う」という「神野理論」は、非現実的な「まじない経済学」である。そこで漠然と想定されているのは、失業者を雇って福祉・介護業務に従事させればGDPが増えるという話だが、医療の4割、介護の6割は公費負担で、ほとんど公共事業のようなものだ。成長率を高めるには生産性を高めなければならないが、福祉部門はきわめて労働集約的かつ低賃金で、労働生産性は最低である。二兎を追う者は一兎も得ないのだ。

これに対して著者の提案する政策は、社会保障の徹底的な合理化と、規制改革による民間企業の参入である。無原則な子ども手当はやめ、保育所への民間参入を促進して、バウチャーで競争原理を導入すべきだ。これはほとんどの経済学者のコンセンサスだが、政治的には実現困難である。それは老人や労働組合の既得権を侵害するからだ。

 

 

 

強い社会保障は、今の日本の状況からいって実現不可能な構想だということ。

そして福祉の世界は生産性とは真逆の世界なので、
経済成長のための投資として考えるべきではない。